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東京家庭裁判所 昭和38年(少)15443号 決定 1963年7月10日

少年 S(昭一九・一二・九生)

主文

少年を特別少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、

一、普通自動車の運転免許をもたないが、勤務先である東京都台東区○○町○番地山○産業株式会社の自動車運転助手として稼働し、運転手に差支えのあるときは、自動車の移動、荷物の受取りのためおよび時折りは興味本位で同社備付の普通貨物自動車(○四せ○○○号)の運転を反覆していたところ、昭和三八年○月○○日午後零時二五分頃、昼休み中の遊びのために、勤務先より前記自動車を運転し、同区○○公園一番地二号地先一方通行路を△△交叉点方向より同公園噴水方向に向けて進行していたが、同日は日曜日のため道路両側の歩道には歩行者が極めて多く、同所付近を通過する自動車の進行速度は毎時二〇粁以上に制限されているうえ、少年は運転免許を有せず、運転技術が未熟なのであるから、直ちに徐行して慎重に運転し、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然四〇粁の時速で進行したのみか、助手席に同乗させていた同僚の萩○賢○に自己の運転技術を誇示しようとして、自動車を蛇行させて運転した過失により、同公園○○堂下西側石段付近において、右手が滑つて、丸把手の中央部に入り、運転の自由を失つて自動車が右折をはじめたため、右足をもつて制動器を踏もうとしたが、狼狽のあまり加速器にも足がかかり、制動器が殆ど作動しないままかえつて加速した状態で同公園○○堂下水呑場前の歩道に乗り上げ、歩道上を歩行中の○岡○子(当一九年)に自車の左側後写鏡を接触させてはねとばし、次いで同様歩行中の○辺○裕(当一四年)に自車前部左側付近を衝突させてはねとばし、更に同様歩行中の○辺○子(当一〇年)を自車前部ではねとばし、うつぶせに倒れたところを左側前輪で同女の大腿部背部を轢圧し、よつて上記○岡○子に加療一週間を要する顔面挫傷兼下腿打撲擦過傷を、○辺○裕に加療一ヵ月を要する右下肢挫傷兼右肩打撲傷の傷害を夫々負わせ、○辺○子をして、頭蓋内および腹腔内臓器損傷、右上腕中央骨折、右大腿部複雑骨折により同日午後一時一〇分頃同区○○町三三番地浜○病院において死亡するにいたらしめ、

二、前記時刻頃、前記場所において、公安委員会の運転免許をうけないで前記自動車を運転したものである。

(適条)

一の各事実刑法第二一一条前段

二の事実道路交通法第六四条、第一一八条第一項第一号

(要保護性)

一、少年は中学校在学中多少粗暴な点はあつたが特に問題となる行動はなく、昭和三五年三月中学校卒業後約二年間プレス工として勤務した後山○産業株式会社の自動車運転手として勤務し、勤務先および配達先で食糧品の積卸の業務に従事しているうち本件非行におよんだものである。

二、少年の知能は普通域にあるが、性格面では、心情質問診によると、本件事故後間もない観護措置決定当時は、即行性、不安定性、気分易変性、自己顕示性、爆発性等においてかなりの変調が認められ、その他の方法による性格検査もこれを裏付けるものがあつたが、その後少年鑑別所における刺戟遮断と軽い精神作業、肉体作業を主体とする安静療法により逐次前示変調は快方に向い、内省力も高まり、殊に気分易変性については顕著な治療効果があらわれてきた。しかし未だその他の点では審判時までに完全に治療されたということはできず、自己顕示性、即行性等においては尚問題を残している。

少年のこのような性格上の変調は生来的なものよりは、むしろ後記のような職場環境の劣悪さに起因するものと考えられるが、既に少年は現在の職場に約一年勤務し、本件事故の原因ならびに本件前における無免許運転の継続等の行動よりみるときは、上記変調はかなり固定化しているものと考えなければならない。

三、少年の家庭は円満であり父母ともに問題となる点はない。しかし、少年の職場は食糧品の卸商であるため備付の自動車が八台あるが、自動車の鍵はその使用後管理人に預けるということに一応は定つているものの、殆ど実行されておらず、運転手がそのまま自宅に持ち帰ることもあり、本件前日などは少年が自宅へ鍵を持ち帰つており、社員ならば誰でも自動車を自ら運転使用することができる状態にあつた。このため、少年は興味本位で本件自動車を運転して付近の路上に出たことも時折あつたほか、近距離の場合には少年自ら自動車を運転して荷物の引取りに従事していたのに、勤務先で少年の監督にあたるべき者達はかかる少年の無免許運転について、唯一回だけ無免許で運転すると罰金を三万円ぐらいとられると注意したのみで、その危険性についての説示、その他これを中止させるための何らの具体的な措置をとつておらず、更に配達先において駐車中、自動車を移動する必要が生じたときなど少年が運転してこれをなしていたけれども、運転手はこれを知りながら何ら少年に忠告を与えることもなかつたことが認められる。又、少年の勤務先の会社は無事故により警察署より表彰され、その表彰状も会社内に掲示してはあるが、少年は何か掲示してあつたことを知つてはいたものの、その内容については気にもかけなかつたとのことであり、又本件自動車は本件により生じた破損以外に三カ所の破損部分があり、これらはいずれも衝突事故により生じたものであるのに、これを全く警察官に届出なかつたことも認められ、少年は勤務先のこのような社会規範に対する完全な無関心の態度に影響をうけ、自らの主観的、恣意的価値判断のもとに行動してきた結果前記のような性格を形成するにいたつたもので、本件における余りにも無謀な運転態度はかかる性格により歪められた社会観、倫理観の所産であるといわなければならない。

四、元来自動車運転に伴つておこる法律違反は現状では自動車運転に或程度高度の技術を要すること、通常の社会生活上遵守すべき規範とはかなり異つた技術的規範に対する違背であること等から、一般非行事件とは異なり少年保護の対象とはなり得ないという考え方もあるが、現在においては、社会生活上多くの交通規範は既に他の一般の社会規範と同様に熟知され、生活内容においても同程度にまで必要欠くべからざるものとなつているのであるから、これを特殊的、技術的なものとして一般社会規範と別個のものとして扱うことは現実から遊離する結果となるのみならず、少年保護の目的は社会から少年を保護すると同時に社会を少年の攻撃から防禦するということも含んでいることを考慮に入れるとき、自動車による身体、器物に対する危害およびこれを直ちにひきおこすおそれのある法令違背を少年保護の対象とし、その特徴とする個別的処遇によつて社会に対する反復攻撃を阻止しようとすることはむしろその目的に合致するものといわなければならない。

ところで、本件は前記のような環境の劣悪さからくる性格の変調に起因するものであるから、今後少年の再非行を阻止するためにはこのような性格を矯正し、正しい社会観、倫理観を養わせる必要があるが、上記の変調は、既に少年鑑別所における療法により或程度治癒されたことが認められ、今後更に同様な処遇を継続させるならば更にその効果をあげうることが明らかであるけれども、かかる療法は特別の設備と専門家による指導を必要とするので、在宅のままでは到底困難である。したがつて、少年の矯正のためにはこの際少年を少年院に送致する必要があるが、少年の日常生活は仕事に熱心で他には非行もないとはいえ、道路交通に関する規範には反復違背していることが認められ、この面での犯罪的傾向はかなり進んでいるものといわなければならず、又、保護処分には少年に反社会的行為に対しては当然社会的反動があることを教えることも含ましめるべきと解するところ、本件については被害者に全く過失はなく、その結果も重大であることをも考えあわせ、その収容する少年院は特別少年院をもつて相当とすべく、更に少年に対する上記のような処遇の必要上特に小田原少年院が適当と考えられる。

よつて、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条第四項を各適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 元木伸)

参考1

昭和38年少第15443号

交通事故事件少年調査票<省略>

参考2

鑑別結果通知書

鑑第3543号<省略>

別紙

鑑別原票(II)

行動観察票<省略>

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